昨年、Aさんの夫のBさんが亡くなりました。ABさん夫婦には子どもがいなかったので、相続人はAさんの他に、亡Bさんの姉のCさん、弟のDさんがいます。亡Bさんは自宅の土地建物を所有しており、Aさんもそこに住んでいます。Aさんは今後も亡Bさん名義の建物に住み続けることができるでしょうか。
1 遺産分割協議前
遺産分割協議が終了するまでは、相続財産は、各相続人の共有となります。共有の割合は、法定相続分となりますので、Aさんの場合、亡Bさんの妻であるAさんが4分の3、亡Bさんの兄弟であるCさん、Dさんがそれぞれ8分の1となります。
したがって、遺産分割協議が終了するまでは、亡Bさん名義の土地建物について、Aさんが4分の3、Cさん、Dさんがそれぞれ8分の1ずつの持分を有していることになります。しかし、亡Bさん名義の土地建物にはAさんしか住んでいません。この場合、CさんやDさんは、Aさんに土地建物から出ていってもらうように要求したり、自分の持分を使っているとして家賃の支払いを要求できるでしょうか。
この点、遺産分割協議が終了するまでは、Aさんが亡Bさん名義の土地建物を無償で使用する暗黙の了解が取れているとして、Aさんに対してCさんやDさんが建物を明け渡すように求めたり、家賃の支払いを求めることはできないとするのが、裁判例の見解です。したがって、Aさんは遺産分割協議が終了するまでは、無償でこれまでどおり、亡Bさん名義の土地建物に住み続けることができます。
2 遺産分割協議において決めるべきこと
それでは、いざ、遺産分割協議を行う場合、Aさん、Cさん、Dさんはどのようなことを決めるべきでしょうか。
仮に、Aさんが亡Bさん名義の土地建物に住み続けたいと考えている場合、取り得る方法は以下の2つがあります。
①土地建物をAさんが全て相続する(Aさんの単独名義にする)方法
②土地建物の名義を共有としたまま、AさんがCさん、Dさんに家賃相当額を支払っていく方法
以下、それぞれの方法について、解説します。
①土地建物をAさんがすべて相続する方法
この場合、亡Bさんの遺産のうち、Aさんが土地建物を全て相続することになりますので、その他の遺産から、Cさん、Dさんが自らの相続分を取得することになります。
例えば、時価3000万円の土地建物の他に、亡Bさん名義の預貯金が1000万円あった場合、遺産の総額は4000万円、Aさんの法定相続分に応じた取り分は4000万円×4分の3=3000万円、Cさん、Dさんの場合は4000万円×8分の1=500万円となります。
したがって、土地建物はAさんのもの、預貯金はCさん、Dさんのものというように分ければ、皆が法定相続分の相続ができることになります。
他方で、上記のケースで、預貯金が200万円しかない場合、遺産の総額は3100万円、Aさんの法定相続分は3200万円×4分の3=2400万円、Cさん、Dさんの法定相続分は3200万円×8分の1=400万円となります。仮に、亡Bさんの遺産である預貯金を、CさんとDさんで100万円ずつ分けたとしても、CさんとDさんの取り分は300万少なく、他方で、Aさんの取り分は3000万円の不動産ですので、法定相続分よりも600万円多く取りすぎていることになります。
このため、Aさんは自分が多く取りすぎた600万円を、CさんとDさんに300万円ずつ支払う必要があります。なお、この分割方法を代償分割といいます。
したがって、この方法は、Aさんに手持ちの現金がないと、なかなか取りづらい方法かもしれません。
※これまで、預貯金は相続人全員の同意がない限り、遺産分割の対象にならないとされていましたが、最高裁平成28年12月19日決定により、預貯金も遺産分割の対象になると判断されました。
※夫名義の預貯金が、すべて夫の遺産になるのか、財産分与の場合と同じように、一部は妻のものとされるべきでないのか、という問題もあります。上記のケースはあくまで夫名義の預貯金が全て夫の遺産になると解釈した場合のものとなります。
②土地建物の名義を共有とした場合
それでは、亡Bさんの遺産である土地建物を、法定相続分に応じてAさん、Cさん、Dさんの3人で共有にする方法を取った場合の関係はどうなるでしょうか。
Aさんが亡Bさん名義の土地建物に住み続ける場合、Cさん、Dさんは自分にも持分があるにもかかわらず、Aさんだけが土地建物を利用していることになるわけですから、Aさんに対して、地代や家賃相当額を請求することができます。
しかし、土地建物の名義を共有とする場合、例えばCさんが自分の持分に抵当権を設定することもできますので、将来、抵当権が実行され、Cさんの持分が競売にかかった場合、一族とは全く無関係のEさんが、Cさんの持分を取得するおそれがあります。この場合、EさんがAさんに、自分の持分を買い取るように要求してくるかもしれません。
また、Dさんが亡くなった場合、Dさんの持分を、さらにDさんの子どもたちが相続することになります。
つまり、土地建物をAさん、Cさん、Dさんの共有とした場合、今はそれでよいかもしれませんが、将来的には関係が複雑化することは避けられません。
3 遺言書の作成
AさんがBさんの死後も、Bさん名義の土地建物に安心して住み続けることができるようにするには、Bさんの生前に、「土地建物はAさんに相続させる」という内容の遺言書を作成しておくことが、1つの方法として考えられます。
この場合、CさんとDさんは亡Bさんの兄妹であり、遺留分(いりゅうぶん。一定の相続人が、最低限得られる財産のこと)はありませんので、たとえ、亡Bさんの遺産のうち、CさんとDさんの取り分が全くなかったとしても、Aさんは亡Bさん名義の土地建物を、すべて自分のものにすることができます。
※設例の場合とは異なり、亡Bさんが前妻との間に子(Fさん)がいた場合、Fさんには遺留分がありますので、Bさんが遺言書を作成する場合は、Fさんの遺留分に配慮する必要があります。
以上