多額の借金を遺して亡くなった父名義の不動産に、高齢の母Aさんが住み続けることができるように、限定承認を行ったAさんと、子のBさん家族。相続財産管理人はBさんが選任されました。
今回は、いよいよ先買権の行使についての手続きについてご説明いたします。
◇ そもそも「先買権」とは何か
AさんとBさんは、限定承認を行った上で、先買権を行使し、被相続人(亡父)名義の不動産を買い取りたいと考えています。
先買権については、民法第932条但書きに「家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができる」と規定されています。
分かりにくい条文なので、簡単に説明すると、限定承認を行ったら、プラスのうち、お金に変えられるものは全て競売にかけて換金しなくてはなりません。競売を行った場合、相続人は被相続人の財産を手放さなくてはならなくなりますが、裁判所が選任した鑑定人が鑑定した価格を、限定承認をした人が支払うことによって、競売手続きを行わなくても良いと規定されているのです。つまり、「相続財産を競売よりも「先に」「買う」ことができる権利」が先買権なのです。
◇ 鑑定人選任の申立
前項でご説明したとおり、先買権を行使するためには、限定相続をした人は、「裁判所が選任した鑑定人が鑑定した価格を支払う」必要があります。
したがって、まずは家庭裁判所に対し、鑑定人を選任してもらうため、「鑑定人選任の申立」を行わなくてはなりません。Aさんたちの場合、鑑定を求めたいのは不動産なので、申立を受けた裁判所は、その管轄地域内の不動産鑑定士を、「鑑定人」として選任します。
正式に鑑定人が選任される前に、裁判所から鑑定人の候補の先生について、相続人に打診されることがあります。その際には、候補の先生とスケジュールや報酬などについて調整をした上で、正式に鑑定人の先生が決定されます。
鑑定人の選任は、裁判所によっては時間がかかることもありますので、適宜、裁判所に進捗状況を確認して、手続きを進めていきましょう。
◇ 鑑定人による不動産鑑定
裁判所から正式に鑑定人が選任されたら、鑑定人による不動産鑑定が開始されます。限定承認の手続はあまり知られていませんので、手続について、鑑定人によく理解を求めた上で、鑑定手続きに協力していきましょう。
なお、鑑定人に支払う鑑定費用や、鑑定人選任の申立費用については、先買権を行使した人の債務であると考えられています。したがって、設例の場合、AさんとBさんが自ら負担する必要があります。
◇ 評価額の弁済
不動産鑑定が終了すると、鑑定人の先生から不動産鑑定評価書の交付を受けます。先買権を行使する人は、不動産鑑定評価書記載の評価額相当額を支払えば、目的となる不動産を競売にかけなくても済むことになります。
そこで、評価額相当額を誰に支払うべきかが問題になります。そもそも限定承認は、プラスの財産をお金に変えて、プラスの財産の総額を債権者に対して不公平がないように弁済していく手続きです。お金に変えたプラスの財産は、各債権者に支払いをする前に、ひとつにまとめておいた方が混乱がありません。
したがって、相続財産管理人が、被相続人のプラスの財産を管理するための口座を用意し、その口座に不動産の鑑定評価額相当額を入金することが原則だといえます。
なお、仮に不動産鑑定評価額が予想よりも高額であった場合には、先買権の行使をしないこともできます。ただし、その場合でも、限定承認の手続は終了させなくてはならず、途中で相続放棄に切り替えたりすることはできませんのでご注意ください。
それでは、目的となる不動産に抵当権が設定されていた場合、不動産鑑定評価額相当額のうち、債権相当額を抵当権者に直接支払うことはできるでしょうか。
この点については、抵当権者は本来、抵当不動産の換価により、優先的に弁済を受けられるべきであり、先買権の行使によっても、このことは変わらないと言えます。したがって、不動産の鑑定評価相当額のうち、抵当権者の債権相当額を抵当権者に直接支払っても問題ないと考えられています。
なお、先買権の行使は、あくまで限定承認における競売手続を回避するものであり、仮に抵当権者による抵当権の実行が先行していた場合には、抵当権の実行を理由とする競売手続を止める効果はありません。
◇ 不動産登記
先買権を行使した場合、不動産はどのように登記されるのでしょうか。
限定承認は相続のひとつの手続きですので、まずは限定承認を行った人が相続人であるとして、共同相続登記を行います。
その後、先買権を行使したことを理由として、先買権を行使した相続人へ、他の相続人の持分が移転したという旨の登記を行うことになります。
以上